人は生まれた瞬間から死に向かう ― 8ハウスと死生観から見える占星術師の覚悟

突然ですが、皆さんは考えたことがあるでしょうか。
人は生まれた瞬間から死に向かっている、ということを。

わたしは長いあいだ、ずっとこの考えを胸の奥に持ってきました。哲学的に聞こえるかもしれませんが、これは占星術に携わるものとして避けては通れないテーマです。1人で生まれ、1人で死んでいく。その合間の人生で、無数の出会いと別れを繰り返し、喜びや悲しみを体験していく。それが人間の営みであり、人生のロマンでもあると感じています。

8ハウスの月が照らす「生と死」

わたしのホロスコープには、月が8ハウスにあります。
8ハウスは「生と死」「変容」「共有資源」「深い結びつき」などを象徴するハウス。多くの占星術書には「死や遺産に関わる」と書かれています。しかし、わたし自身、若い頃にはその象意を実感することがありませんでした。

身内の死に直面することも少なく、肉体の終わりを身近に感じることもなかったのです。そのため、8ハウスの象意の「生と死」はどこか他人事のように思えていました。

しかし、40歳を過ぎたころから状況が変わってきました。身近な人との別れ、予想もしていなかった早すぎる死、寿命を全うした人の静かな旅立ち。さまざまな別れがわたしの生活の中に現れはじめ、8ハウスの月が静かに充満していくような感覚がありました。

その時、わたしは改めて気づかされたのです。
「肉体の死」というものは、占星術師としても、人としても、避けて通れないテーマなのだと。

占星術師としての死生観

占星術は、運勢や未来を読む技法として多くの人に認識されています。しかし、その根底にあるのは「人生のリズム」「魂のサイクル」を読み解くことです。そこには必ず「誕生」と「死」の概念が含まれています。

だからこそ、占星術師として「死」に関するテーマを避け続けることはできません。
ただし、寿命や死期というものは極めて繊細なテーマです。若くして亡くなる方、まさかと思う方々の配置や傾向を研究することはありますが、それをそのまま口にすることはありません。

占星術師に求められるのは、予言者ではなく「翻訳者」であることだと、わたしは考えています。星が示す【マクロ】な流れを、相談者が受け取れる【ミクロ】な言葉に変換する。その作業こそが最大の役割です。

寿命を扱う時に必要な慎重さ

仮に占星術で寿命に関わる傾向が見えたとしても、それをそのまま伝えることはしません。
なぜなら、その言葉が持つ影響力を知っているからです。人は言葉ひとつで希望を失い、気力を削がれ、未来に対する行動を変えてしまうことがあります。

例えば「あなたはこの時期に危険です」と告げられた人が、怖れから努力を怠ってしまえば、それこそ不幸の引き金になりかねません。占星術師は、相談者の人生に希望を見つけ、勇気を与える役割を持つべきです。だからこそ、死や寿命に関するテーマは、あくまでも「慎重に過ごす時期」として伝えるのが鉄則です。

わたしが研究対象にしているのは「若くして亡くなる方々の配置」や「命に関わる時期の象徴」ですが、それはあくまでも学びのため。伝える際には、注意喚起に留め、決して断定しないよう心がけています。

希望を見つけることが役割

占いに携わるものとして、わたしが一番大切にしているのは「希望を見つける」ことです。
占星術は不安を煽るためのものではなく、人が前を向いて生きるための羅針盤であるべきだと思っています。星の動きをマクロに捉え、その人の人生にとって必要な形にミクロ変換する。その過程で、恐怖や悲観を増幅させるのではなく、どうしたら乗り越えられるかという視点を提供する。それが占星術師の使命だと感じています。

自分の死期を見るということ

もっとも、わたし自身の死期については、占星術を使って見ています。
これはあくまで「準備」のためです。人は誰しも必ず死を迎えます。だからこそ、自分自身を研究材料にして、人生をどう締めくくるかを考えるのです。

これは恐怖のためではなく、むしろ安心のため。自分の終わりを意識することで、今という時間を大切にし、やりたいことに集中することができます。

8ハウスが教えてくれるもの

8ハウスの月を持つわたしは、ようやく「死」というテーマを体感として理解するようになりました。
それは決して恐ろしいものではなく、むしろ「変容」と「再生」の象徴。別れを通じて新しい自分に生まれ変わるプロセスです。

40歳を過ぎてから経験した身近な人々の死は、悲しみと同時に多くの学びを与えてくれました。人は出会い、別れ、そしてまた新しい関係を築いていく。そのサイクルこそが人生であり、占星術が描き出す円環そのものです。


結びに

人は生まれた瞬間から死に向かって歩き始めます。
その道のりは決して恐怖の連続ではなく、出会いと別れ、学びと変容に満ちた旅です。

占星術師として、わたしは死を「避けるもの」ではなく「理解するもの」として扱います。
けれども、寿命や死期を安易に告げることはしません。わたしたちの役割は、人を絶望させることではなく、希望を見出させることだからです。

自分自身の死期を見ているのは、あくまで準備のため。
終わりを意識することで、今をより濃く生きるためです。

8ハウスの月が照らしてくれた死生観は、占星術師としてのわたしの覚悟そのものです。
そしてその覚悟を胸に、これからも星の言葉を希望に変換し、人々に届け続けていきたいと思います。

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