やっと春が近づいてきたと思ったら本日はまた寒い!
寒暖差が堪える中年です。
さて、西洋占星術の素晴らしさを皆さんに理解していただきたく
今日も今日とて熱く語りたいと思います。
人間は生まれた時から、運命は決まっています。
勿論、アクシデントが重なると運命は反転するでしょう。
ただ、概ね決まっていると思うんです。
それは、西洋占星術で観事に現れているのですよね・・・。
例えば、身体が丈夫で体力のある方、病が発覚する方。
ある一つの側面から見ると、丈夫なのが幸運と思いますよね。
ですが、それはあくまでも人間の主観です。
身体が丈夫な方は、身体に関しての幸運と捉えますが
身体が丈夫ではなくても、幸運なことは示されるのです。
これは、例えばですね、億万長者になったとして孤独を感じる人生だとします。
周囲は億万長者の方が絶対幸せだという意見が多いかもしれません。
でも、それはお金でピィピィ言っている立場の人からすれば
そう感じるだけのことです。
その億万長者が、孤独が辛いかもしれない。
そうなんです。人は自分と違う立場からすると
羨ましくなる欲があるからです。
で、本題ですが、わたしは病弱とまでいかなくても
健康に注意する時期が存在します。
大袈裟に言えば【死の表示】とも言えます。
わたしがあるのだから、旦那氏にもあると思いましたが、何と・・・その表示がないのです。
また、家族で考えても、ある場合とない場合があることがわかったのです。
それと同時に、旦那氏には所謂【大幸運期】はありません。
そうなんです。丈夫な人は、この幸運期が与えられない。
しかし、【死の表示】の運命の人には変わりに幸運期が与えられている可能性が高いのです。
これは、どういうことでしょうか。
肉体が滅びることは最大の不運という概念は人間が創り上げた妄想に過ぎないのではないかということです。
人は、生まれてから死に向かっているわけです。
その死は、突然なのか、苦しんでの上なのかはわかりません。
ですが、志半ばでもし、避けられる事柄であるのならば・・・
逆に、幸運と感じないけれど、素晴らしい肉体を与えられているとしたら・・・
とても哲学的な話ですし、ある意味思想になるので
人それぞれの価値観にお任せしますが
実に公平ではないですか。
わたしは、これからもこの研究を続けていくと決意ができて良かったです。