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世界はなぜ遅れて気づくのか
今日は、2人の女性アーティストに光を当てたい。
松原みきさんと泰葉さん。
2020年、インドネシアの人気ユーチューバーが火をつけたことをきっかけに、真夜中のドアが世界的ヒットとなった。発売は1979年。当時オリコン最高28位、30万枚。決して失敗ではない。だが、爆発的というほどでもなかった。

それが40年以上の時を経て、世界が熱狂する。
皮肉ではないか。
本人がこの世にいない今、評価は頂点に達している。
松原さんは2004年、44歳で亡くなった。子宮頸がん。存命なら67歳。
もし今この現象を見ていたら、あの跳ねるような笑顔で、全力で歌い直しただろうか。それとも、静かに微笑んだだろうか。
ステージでの彼女は、病とは無縁に見える。軽やかで、甘酸っぱく、都会的。だが、命の時間は短かった。
占星術的に仮定を置くなら、8ハウス双子座という象意は、身体の深部と情報、医療との結びつきを示す。セカンダリーディレクションで水星が土星と合を形成するなら、それは身体への制限や現実的な重さを意味する可能性がある。
セカンダリーディレクションは1日を1年に置き換える象徴的進行法である
ディレクション、進行図は、その人の内面の成長や転機を示す。水星は細胞、情報、伝達。土星は制限、時間、試練。その重なりは、言葉や身体に現実の重みをもたらす。
さらに進行木星との合があったとすれば、それは拡大の象徴だ。
拡大は、必ずしも喜びだけを意味しない。痛みの拡大、運命の拡大も含む。
2000年代初頭の医療水準を考えれば、治療は今ほど選択肢がなかった。痛みからの解放が、魂の選択だった可能性も否定できない。
だが、ここで重要なのは死ではない。
音楽は死ななかったという事実だ。
真夜中のドアは、時代を越えた。
そして世界は、ようやくそのセンスに追いついた。
天才は家を背負わされる
もう1人、同世代で再評価される女性がいる。泰葉さん。
20歳そこそこでフライディ・チャイナタウンをリリース。
洗練されたメロディ、都会的なリズム。完全にアーティストである。

しかし彼女の人生は、音楽だけではなかった。
1980年9月、初代三平氏が亡くなる。
一家の大黒柱の死。
もし当時、進行火星がステーションを経て順行に転じていたなら、それは人生のエネルギー方向の大転換を意味する。火星は行動と闘志。ステーションは停止からの再始動。
若い女性が、突然一家の重責を背負う。
それは才能とは別の物語だ。
芸能の世界は華やかだが、家を支える現実は泥臭い。
音楽の才能があっても、家業と世間の期待が重なれば、自分の表現は後回しになる。
のちの離婚会見で奇行と呼ばれた振る舞い。
だが、音楽を知る者ならわかる。
あれは演出ではない。
根っからのアーティストだ。
芸術家に強く出れば、表現は爆発する。しかし土星や冥王星が絡めば、その情熱は圧力に変わる。
女性が情熱を持つことは、昭和という時代では歓迎されなかった。
男社会の中で、どれだけの才能が埋もれたか。
今なら違う。
SNSがあり、世界がある。
だが当時は違った。
再評価という遅すぎる拍手
なぜ今なのか。
答えは単純だ。
時代がようやく追いついたからだ。
シティポップは、80年代当時は国内消費の音楽だった。だがデジタル時代に入り、アルゴリズムが国境を消した。
世界はフラットになり、埋もれていた音が掘り起こされた。
松原みきも、泰葉も、時代を先取りしていた。
だが日本社会は、女性の才能を正当に扱う準備ができていなかった。
評価はあった。
ヒットもあった。
だが本当の意味でのリスペクトは、遅れてやってきた。
松原みきは、それを見ることなく旅立った。
泰葉は、生きてその波を見ている。
この差は大きい。
占星術ではリターンチャートが節目を示す
リターンチャート
太陽が出生時の位置に戻る瞬間、人生は1年単位で切り替わる。だが社会的評価は、必ずしもそのタイミングと一致しない。
個人の運命と、時代の運命は別だ。
松原みきの音楽は、個人の寿命を越えて木星的拡大を続けた。
泰葉の楽曲も、時間を超えて再生されている。
女が背負うもの
ここで問いたい。
なぜ、女はいつも何かを背負わされるのか。
家族。世間。役割。才能より先に、責任が来る。だが才能は消えない。抑えられても、忘れられても、必ずどこかで再浮上する。
それが音楽だ。
松原みきの明るさは、単なる軽快さではない。
泰葉の奔放さは、単なる奇行ではない。
どちらも、生き抜こうとした証だ。
今、若い世代が彼女たちの曲を聴き、踊り、歌う。
それは単なる懐古ではない。
時代を超えた共鳴だ。
結論
才能は、時代に潰されることがある。
だが完全には消えない。
松原みきは、世界に見つかった。
泰葉は、時代に再発見された。
遅い。
だがゼロよりはいい。
私たちは、今生きている才能を正当に評価できているか。
それともまた、数十年後に拍手を送るのか。
音楽は嘘をつかない。
時代が間違えるだけだ。
そして、女の才能は、思っているよりずっと強い。


