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占星術をいつからドラマティックに仕立て上げる風潮が生まれたのでしょうか。ヘリオセントリックやドラゴニック、あるいは進化系占星術といった多種多様な技法を提唱された松村潔先生の功績は多大であり、業界への貢献は計り知れません。しかし、そこには同時に罪とも呼べる側面が存在します。これは松村先生個人への批判ではありません。問題の本質は、中途半端な技術や知識を手にした個人が、自らの都合の良いように解釈を肥大化させ、独り歩きさせてしまった点にあります。
本来、占星術とは冷徹なまでに個人の器を測定する学問です。政治家や芸能人、あるいは一線を走る経済人たちは、本能的に、あるいは実務的に自らの器というものを熟知しています。彼らが失脚し、スキャンダルに塗れ、あるいは犯罪に手を染めてしまうのは、ひとえに自らの器を無理に超えようとした結果に他なりません。人間には生まれ持った固有の器があり、その許容量を超えた出力を求めた瞬間に、運命の歯車は歪み始めます。
この器を正しく知るためには、徹底した自己分析が必要です。そして、その分析を最も正確に、かつ客観的に図るための優秀なツールの一つが、西洋占星術という体系です。心理的な慰めや、根拠のない希望を振りかざすのではなく、チャートに刻まれた物理的な限界値を直視すること。そこからすべてが始まります。
わたしの例を挙げれば、チャートには結婚という形態には向かない資質が明確に記されています。しかし同時に、子どもを育て上げることは人生において極めて重要な役割であることも示されています。また、男子とはなるべく縁を持たず、娘たちに対してはできるだけ早く手を放し、自立を促すべきであるということも、わたしの星にはしっかりと刻み込まれています。
わたしの娘たちは、現在、精神的に非常に自立しています。自分が直面している問題は自分で何とかしなければならないということを、彼女たちは理屈ではなく感覚で掴み取っています。彼女たちには幼少期から多くの苦労をかけてきました。しかし、占星術的な視点から言えば、幼少期に苦労を重ねれば重ねるほど、人間は自らの運命に沿って、強く逞しく生きていく力を養うことができるのです。
親が子に遺せるものは金銭だけではありません。この、自分の器を理解し、運命の波を乗りこなすための判断基準を与えることこそが、わたしが彼女たちに遺せる唯一の、そして最大の財産であると確信しています。
現代の占星術が、個人の承認欲求を満たすためのドラマティックな物語装置へと変質してしまったことは極めて危険です。心理という目に見えない領域に逃げ込み、自らの器の小ささや限界から目を逸らすことは、最終的な破滅を招くだけです。占星術は、自分を美化するための鏡ではなく、自分の分際を弁え、その範囲内で最大効率の人生を送るための精密な計量器であるべきです。
多くの人が、中途半端な知識で運命を語り、都合の良い精神論で現実を塗り潰そうとしています。しかし、事実は常にチャートの中に、記号として淡々と存在しています。それを読み解き、自分の器を受け入れること。それこそが、情報が氾濫するこの時代において、自分自身の人生を、誰にも依存せずに生き抜くための唯一の策なのです。
文句を言う前に、まず自分の器を知る。そしてその器の中で、コツコツと、面倒がらずに己を研鑽する。好きなことを仕事にするための努力も、この器の把握なしには成立しません。占星術を心理の罠に落としめるのではなく、冷徹な事実として受け入れる器を育てること。それこそが、私たちが今、真に学ぶべき学問の姿勢であると断言します。
松村潔先生が提唱されたヘリオセントリックやドラゴニックといった技法は、視点を地上から天上の高次元へと引き上げる試みとして画期的でした。しかし、これらが心理占星術と混ざり合った結果、多くの初学者が現実の足元を見失うという弊害を生みました。ヘリオの世界観に逃避し、地球上での実務的な責任や土星的な制約を軽視する。自分の思い通りにいかない現実を、魂の遍歴や進化といったドラマティックな言葉で塗り潰し、直視すべき己の器から目を逸らす。これこそが現代占星術が抱える最大の罠です。
政治家や経済人が失脚する際、チャートには必ずその器の限界値を超えたエネルギーの暴走が記録されています。彼らは本来、強力な土星や木星のバックアップを受けてその地位に就きますが、成功という快楽に溺れ、本来の器を逸脱した振る舞い(スキャンダルや汚職)に手を染めた瞬間、星の天罰とも言える急落を招きます。これは心理の問題ではなく、天体の物理的な質量と配置がもたらす因果応報です。犯罪もまた、自らの器に収まりきらない欲望を、知性(水星)や規律(土星)で制御できなくなった結果に過ぎません。
わたし自身の人生においても、この器の把握は死活問題でした。37年の労働の中で、営業と経理を使い分け、3度の出産を経てなお立ち続けてこられたのは、自分の星が示す「稼がねばならない宿命」と「他者に依存できない性質」を、心理的な慰め抜きで受け入れたからです。結婚に向かない、男子とは縁が薄い。これらは一見すると欠損のように見えますが、それを自分の器の形であると定義した瞬間、迷いは消えました。
娘たちに対しても、わたしは甘い言葉をかけません。精神的な自立こそが、彼女たちがこの過酷な時代を生き抜くための唯一の武器だからです。自分で自分の面倒を見る。他人のせいにしない。幼少期に経験させた苦労は、彼女たちの運命の器を強固にするための鍛錬であったと確信しています。彼女たちが今、自分の問題を自分で解決しようと感覚的に動けているのは、ドラマティックな幻想を排し、現実という名の教材を与え続けてきた結果です。
占星術を心理に結び付け、自分を特別に見せようとする行為は、一時的な自己満足には繋がるかもしれません。しかし、それでは人生の荒波を乗り越えることはできません。大切なのは、自分の器をミリ単位で正確に把握し、その範囲内で最大限の研鑽を積むことです。好きなことを仕事にするためには、まず自分の器を認め、その器を支える土台をコツコツと築き上げること。文句を言う前に、チャートが示す冷徹な事実と向き合う。それこそが、情報に踊らされず、己の人生に責任を持つための最善の策なのです。


