わたしには、27歳になる息子がいます。前の旦那との子どもなので一緒には暮らしていませんが、割と仲良し。ときどき「お金貸して」と言われるのも仲良しの証拠だと思っています。
わたしのホロスコープには魚座のサインが一切ありません。小惑星や感受点を含めても、完全に欠けているのが魚座なのです。ところが息子は、その不足を補うかのように、太陽魚座として生まれてきました。これを偶然と言えるでしょうか。私はむしろ「宇宙の選択」だと思うのです。
息子の月は水瓶座。小さい頃は育てるのが大変でした。水瓶座は天才肌。常識に収まらない自由な発想を持ち、親の枠組みに収まらないからです。それでも「目に入れても痛くない」とはこのこと。本当に大切に、大切に育てました。今となっては大きすぎて目が潰れるほどですが、それもまた成長の証でしょう。
占星術では、親子のホロスコープには共通点が現れることがよくあります。わたしは太陽と金星を3ハウスに持っていますが、息子もまた3ハウスのマジョリティ。3つ以上の惑星が集中して入っている状態です。3ハウスといえばお喋りなハウス。案の定、わたしたち親子はお喋り好き。会えば話が止まりません。
さらに、わたしの月と息子の木星がコンジャンクションしています。月はわたしにとって習慣的な欲求であり、木星は祝福と拡大。つまり息子の存在そのものが、わたしに安心と喜びをもたらす「幸運の象徴」なのです。
不思議なのはそれだけではありません。息子と歳の離れた異父妹。この二人に共通しているのは「1ハウスに冥王星がある」という配置です。サインや惑星の偏りは違っていても、ハウスの配置が一致する。これは偶然ではなく必然だと思っています。冥王星は変容の星。1ハウスにあると、その人の存在自体が周囲を揺さぶり、強い印象を与えます。まるで「母であるわたしのテーマを共に背負っている」かのように感じるのです。
家族や親子のホロスコープには、このように象徴的な共通点がよく見られます。生まれた季節も年代も違うのに、同じような配置になることがある。これは「宇宙の法則」が働いているとしか思えません。
わたしたちは宇宙のほんの一コマに過ぎません。でも、宇宙はいつもわたしたちを応援してくれている。その証拠が、ホロスコープに刻まれているのです。
ロマンチックでしょう?でも、正直に言えば、おばちゃん占い師のわたしにとっては「ロマンより食い気」。それでも、宇宙と家族の繋がりをこうして日々実感できることに、感謝しています。