母と娘~月が示す命そのもの~

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母と娘の間に流れる星の河

最近、SNSのタイムラインを眺めていると、毒親という言葉が嫌になるほど目に飛び込んできます。親との過去の思い出によって心が傷ついた、今の生きづらさはすべて親の育て方のせいだ、といった他責の言説が溢れかえっている現状には、いささか暗澹たる気持ちにさせられます。しかし、親もまた未熟さを抱えた一人の人間に過ぎません。毎日の生活を営み、必死に社会や家庭の中で息を吸っている中で、衝突や歪みが一切ない完璧な家庭など存在するはずがないのです。綺麗事だけで終わらないのが家族であり、生活という名の泥臭い労働の連続の本質です。

私もそれなりの年齢を重ねてきましたから、娘として母親と過ごしてきた記憶の引き出しを開ければ、そこには言葉に尽くせないほどの様々な出来事がありました。楽しかったことばかりではなく、目を背けたくなるような重苦しい瞬間も当然のように存在します。そして現在の私は、そのかつての立場を反転させ、娘たちを育てる母親という役割を担っています。両方の立場を経験した上での私の結論は、家族の間に軋轢や葛藤などあって当たり前、ということです。そこにある傷や不調和をいちいち大袈裟なラベルで分類し、被害者の椅子に座り続けることは、自らの人生のハンドルを放棄する行為に他なりません。

占星術において、母親という存在や、その人間が受け取る母性の形は月という天体に鮮明に表れます。月は私たちの最も無防備な肉体であり、感情の揺らぎであり、理屈を超えた本能的な安心感を求める場所です。先立って、私の誕生日に合わせて母親と顔を合わせる機会がありました。私の母親は、思い返せば本当に繊細でガラス細工のような資質を持った人でした。そのため、幼少期の私はその不安定な感情の波に幾度となく振り回されてきた自覚があります。

幼い子どもにとって、母親という存在は世界のすべてであり、絶対的な座標軸です。母が笑っていれば世界は安全であり、母が悲しみの淵に沈んでいれば、まるで世界が崩壊していくかのような恐怖を覚えます。だからこそ私は、母の悲しげな顔を見たくない一心で、いつも必要以上に明るく振る舞い、道化のように笑っていた記憶が残っています。母の陰気なエネルギーを相殺するために、自分の心を必死に駆動させていたのでしょう。

しかし、皮肉にもそのような環境を生き抜くために繰り返してきたアプローチこそが、私を活発でくよくよしない、前を向いて進むタフな性格へと形作ったこともまた紛れもない事実です。今となっては、その強さを与えてくれた母の繊細さに心から感謝しています。また、私自身も決して扱いやすい大人しい子供ではなく、手が付けられないほどのじゃじゃ馬娘でしたから、成長の過程で母親が注ぎ込んでくれたエネルギーと苦労は並大抵のものではなかったはずです。

私の持って生まれた資質を無理に型にはめようとせず、最終的には一人の独立した人間として自由に扱ってくれた両親の姿勢には、占星術的から見ても感謝の念しか湧きません。過去を振り返ったとき、喉元を過ぎれば悪い思い出よりも、今を生きる血肉となった良い思い出ばかりが脳裏に浮かび上がります。

陰鬱な対面と射手座の月が課す義務

それでも、実際に年老いた母と対面し、言葉を交わす時間は、今でも私の心に特有の憂鬱な影を落とします。かつてのように背筋を伸ばし、はつらつと生きていた頃の面影が薄れ、会うたびに小さくなっていく母の姿を目にするのは、娘として言いようのない落胆と焦燥感を覚えさせられます。口を開けば出てくるのは世間への愚痴や不満、ひねくれた物言いばかりで、かつて私を育て上げた凛とした強さはどこへ行ってしまったのかと悲しくなります。

本当は、せっかくの逢瀬なのだからお互いに楽しく笑顔で、穏やかな時間を共有したいと願っているのです。しかし、私の目の前に座る母親が放つものは、どこまでも陰気で湿り気を帯びています。かつての私なら、その重さに押し潰されていたかもしれませんが、今の私はそれを正面から受け止めることなく、適度にいなし、受け流しながら大人の関係性を維持しています。

なぜ私がそこまでして、憂鬱さを抱えながらも娘としての役割を全うしようとするのか。その動機は、私のネイタルチャートにおける月と土星の配置を見れば一目瞭然です。私の月は射手座の8ハウスに位置しており、2ハウスにある土星と正確なオポジション、つまり180度の緊密な対立関係を形成しています。

射手座の月は本来、どこまでも広がる自由な精神と、高い理想に向かって矢を放つような大らかさを持っています。しかし、それが深い変容や受け継がれる宿命、あるいは逃れられない血縁関係の部屋である8ハウスに捕らえられ、さらに2ハウスの土星から真向かいで強烈な緊張を突きつけられているのです。土星は私たちに責任、義務、制限、そして現実的な着地点を容赦なく要求する現実な天体です。

この配置を持っているがゆえに、私は母親という存在に対して「娘として絶対にちゃんとしなければいけない」「親の面倒や関係性から投げ出して逃げることは許されない」という、義務感を無意識のうちに抱え込んでしまうのです。どれほど相手が陰気であろうとも、愚痴にまみれていようとも、それを冷たく突き放すことができないのは、土星が私の情緒に対して常に正しさと責任の足枷をはめているからに他なりません。

母親という存在は、どれほど不完全で歪みを抱えていようとも、この世にたった一つの命を賭けて私たちを産み落としてくれた尊い源流です。月という私たちの物理的な身体、衣食住の基盤を、奇跡の連続によってこの地上に繋ぎ止め、自らの身を削りながら愛という名の養分を与えてくれた事実は、何者も否定できません。自分自身が出産という命懸けの儀式を経験したからこそ、母という存在の持つ圧倒的な偉大さと、その背負う重みが痛いほど理解できるのです。

三世代の反響と働く母の背中

そして今、時は流れ、私は自分の娘たちと対峙する母親の席に座っています。子どもが成長し、自我を確立していく中で訪れる反抗期という季節は、母親にとって最も試練に満ちた時間です。自分がかつて命を削るような思いで産み、手の中に包み込むようにして育ててきた我が子から、刃のように鋭く冷酷な言葉を投げつけられる瞬間は、胸が引き裂かれるほどに悲しく、切ないものです。

理不尽な怒りをぶつけられ、家庭内が不穏な空気に包まれてもなお、母親という生き物は我が子が愛しくてたまらないという矛盾を抱えています。どれほど罵られようとも、その子の行く末を案じ、健康を願い、温かい食事を用意し続ける。この無条件のループこそが、月がもたらす野生的な母性の本能であり、逃れられない業のようなものです。

しかし、私の娘たちと私自身の関係性は、私がかつて私の母との間に築いたものとは決定的に異なっています。私の母親は、私が10歳の頃に両親が離婚したため、それ以降は同じ生活空間で長い時間を共に過ごすことはありませんでした。多感な時期に母親と物理的な距離があったがゆえに、私が日々どのような感情の波に溺れ、どのような過酷な境遇の中で踏ん張っていたのか、母はほとんど知る由もなかったのです。そこには、自分の弱みや困窮を滅多なことでは他者に見せようとしない、私自身の頑固な資質も大きく影響していたでしょう。

それに対して、私の娘たちは、毎日朝早くから夜遅くまで、泥のように疲弊しながらも必死に働き続ける私の姿を文字通り特等席で見つめて育ってきました。男性の経済力や庇護に一切頼ることなく、自分の両足だけで冷酷な現実社会に立ち向かい、家庭を守り抜く。言葉で美辞麗句を並べるのではなく、自らの生き様そのものによって、女が独力で生きるということの厳しさと誇りを子供たちに示し続けてきた自負はあります。

ただ、果たしてその私の後ろ姿が、彼女たちの未熟な目から見て本当に良いこととして映っているのかどうかは、現段階では誰にも分かりません。母親が常に張り詰めた糸のように働き、経済的な自立を死守する姿は、子どもたちに過度な緊張感を与えていたかもしれないという一抹の罪悪感も付きまといます。

日々の生活の中で、自分の身の回りのことはすべて自分で行えるように、早くから厳しく自立を促してきましたが、それが娘たちの情緒の発達にとって本当に正しかったのかという問いには、いまだ明確な答えを出せずにいます。甘えたい盛りに甘えを許さず、強さを強要してしまったのではないかという懸念は、私の心の奥底に澱のように沈んでいます。

月の配置がもたらす深刻さと欠損論への反論

このように、家族の関係性について過剰なまでに深刻に捉え、自らを省みては内省の迷宮に迷い込んでしまうのも、私のホロスコープにおける月の配置が極めてシビアに描いているからでしょう。私の太陽は蟹座の3ハウスにあり、自らの身内や身近なコミュニティを守り、育み、それを言葉や発信によって周囲に伝達していく強い意志を持っています。しかし、その太陽を支えるべき内面の月が、8ハウスの射手座で土星の冷たい監視下に置かれているため、感情の解放が常に制限されてしまうのです。

ここで、現代の占星術界隈の一部でまことしやかに唱えられている、某M氏による「月の欠損論」について触れておく必要があります。その説では、月は個人の能力の欠損を示し、そこにしがみつくことは人生の破滅をもたらすといった極端な解釈がなされていますが、私の明確な持論として、この月の欠損論は完全に否定します。月を単なる欠損や幻影として片付ける安易な心理占星術は、人間の持つ身体性や、数千年培われてきた占星術の厳格なルールを無視した暴論に過ぎません。

月は欠損などではなく、私たちがこの地上で肉体を持って生きるための土台であり、最も儚く、最もデトックスを必要とするデリケートな感情の器そのものです。確かに月は脆く、不安定で、常に満ち欠けを繰り返しながら環境の波にさらされています。その不安定な月に対して、土星というマレフィックが絶え間なくスクエアやオポジションで緊張を促してくる配置は、どれほどその痛みに慣れているとはいえ、人生における確実な苦痛と疲労をもたらします。

頭では誰も悪くないと理解しているのです。母が老いて陰気になるのも自然の摂理であり、娘たちが反抗するのも成長の証であると、冷静な論理では分かっています。しかし、8ハウスの月が受ける心理的な水圧と、2ハウスの土星が突きつける現実的な責任の重さは、私の心と身体を確実に摩耗させていきます。いくら射手座のカラッとした性質で受け流そうとしても、我慢の限界を迎えたときには、親子という濃密な関係性ゆえに、剥き出しの感情を激しくぶつけ合ってしまう瞬間も避けられません。

この数日間、私は母親との重苦しい対面や、娘たちの将来に対する終わりのない思索によって、心身ともに少しばかり疲弊していたのは事実です。月と土星のオポジションが持つ特有の、胸の奥が締め付けられるような閉塞感が、私の視野を狭めていたのかもしれません。

しかし、私には立ち止まって深く落ち込み、嘆きの淵で時間を浪費することなど許されていないのです。幸いなことに、私にはまだ手のかかる小さき存在である末娘がいます。母親としての実務的な責任が目の前に山積している以上、自分の感傷や憂鬱を最優先にして部屋に閉じこもるわけにはいかないのです。

子どもの無垢な欲求や日々の世話に対応しているうちに、強制的に現実の世界へと引き戻され、悩む時間さえも物理的に奪われていきます。それは見方を変えれば、土星が私に与えてくれた「現実を生きるための強固な防壁」なのかもしれません。

親のせいにできない年齢だからこそ

この年齢になれば、自分の性格の歪みや人生の障壁を、今更親の育て方のせいにすることなど到底できません。過去の傷を言い訳にして他者を呪っている暇があるなら、今ここにある自分の人生の歯車を自らの力で回すべきです。

それどころか、今の私はまだ発展途上にある娘たちの月、すなわち彼女たちの情緒的な安心感や健全な肉体の基盤を、守り育まなければならない重大な環境の中に身を置いています。自分が受けた制限を子供たちに連鎖させることなく、いかにして彼女たちが安心して自らの翼を広げられる土壌を作れるか。その責任の重さを考えれば、落ち込んで膝を抱えている暇など一分一秒たりともないのです。

母が私に注いでくれた不器用な愛の形を認め、同時に私が娘たちに示している働く背中の意味を信じること。月の示すデリケートな感情の揺らぎに翻弄される日もありますが、蟹座3ハウスの太陽が持つ「身内を守り抜く」という強固な意志の光を見失わずにいれば、土星の課す試練は必ずや人生を支える強固な骨組みへと変貌します。星が描く厳格な設計図を受け入れ、今日も私は母親としての実務と労働の現場へ、凛として足を一歩踏み出すのです。

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