子どもを取り巻く環境は、ここまで変わった

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昨今、子どもを取り巻く環境は激変している。わたしは30年以上前から子育てをしている。その都度、まったく違う時代の空気を体験してきた。

最初の子育ては30代前半。若く、勢いがあった。周囲の先輩母たちは冥王星乙女座世代。とにかく安定、規律、管理、正しさ。今の環境をいかに守るかが正義だった。

働く父親、家庭を守る母、姑と同居、忍耐と沈黙。ストレスを溜めながらもそれが当たり前という空気が支配していた。正直に言えば、わたしはその空気に馴染めなかった。姑なんてクソだと思っていたし、ルールなんて無視。わたしはわたしであるという自己主張だけは強かった。ずっと働いていたから専業主婦の人たちと時間感覚が合わず、価値観も違い、孤立もした。

それでも、あの時代は役割が明確だった分、迷いは少なかったのかもしれない。次の子育ての時、わたしは少しベテランになっていた。しかし同世代はほとんどおらず、周囲は初めて子育てをする若い母親たち。10歳ほど離れていた。経験者として頼られることもあったが、わたしはどこか距離を持っていた。時代が違う。環境が違う。常識が違う。わたしの成功体験は彼女たちの正解ではない。それがわかっていたからだ。

今、孫世代の子育てに関わっているが、わたしは完全にシャットアウトしている。ベテラン風の助言は今の母親にとってはクソバイスになりかねない。時代が違うのに経験だけで語るのは傲慢だと思うからだ。世代を考えるとき、冥王星のサインはとても参考になる。冥王星乙女座は管理と秩序、冥王星天秤座は関係性と調和、冥王星蠍座は極端と徹底、そして今は冥王星水瓶座の時代へ移行している。

わたしは乙女座と天秤座の狭間、出生時は乙女座の冥王星。ある意味、化石であるという自覚は十分にある。だからこそ余計なことを言わない。母親という立場を振りかざさない。ただ隣にいる。それだけでいいと思っている。

今、不登校が社会問題として大きく取り上げられているが、不登校は昔から一定数存在していた。情緒が繊細な子、家庭環境に翻弄される子、社会に適応できない子はいつの時代にもいる。違うのは周囲の環境だ。わたしが幼少期の頃、地域は協力的だった。近所の目があり、お節介もあり、プライバシーはなかった。自由は少ないが孤独にはなりにくいという利点があった。今はプライバシーが守られるが孤独になりやすい。地域は協力的だが、どこまで踏み込んでいいのかわからない。その結果、誰も深く関わらないという状況が生まれている。

発達や不登校に関する情報は溢れている。スマホを開けば不安材料が次々に出てくる。無知は罪だと言われるが、知らないということが時間を優しくすることもある。昔は情報が少なかったからこそ、悩みながらも子どもの成長を待つ余白があった。今は何が正しいのか判断する前に母親が追い詰められる。検査、診断、支援、転校、医療、選択の連続。正解はない。これは本当に怖い時代だと感じる。

わたしはこの世情を、天王星、海王星、冥王星といったトランスサタニアンの象徴に重ねて考えることがある。革命、混乱、極端、再編。しかし個人の人生においてそれらは絶対的ではないと考えている。時代の流れはあっても、家庭の在り方は親が選べる。

平凡がどれほど大切か、わたしは身に染みている。ドラマチックに語るつもりはない。特別な存在でもない。どこにでもいる普通の中年である。だからこそ子どもの問題には本気で悩む。不登校は人生のすべてではない。長い人生の一部に過ぎない。

思春期に逃げることを知るのも大切だ。逃げられる場所があるだけで人生は立て直せる。家庭が安全地帯であれば何とかなる。学校に行けなくても生きていける。だが家庭が戦場なら子どもは行き場を失う。だからまず守るべきは家庭だ。

これからは冥王星水瓶座、海王星牡羊座、天王星双子座の時代へ進んでいく。個性、自立、情報、分断と再編の時代。古い正解は通用しない。孫が不登校なら息子や娘に任せる。自分の子どもならメリットとデメリットを伝え、選択させる。わからなければ一緒に考える。親がすべて決める時代ではない。一緒に迷い、一緒に悩み、それでも家庭を安全地帯にする。その覚悟だけは必要だ。

新しい時代の子育てを、自分流で貫いてほしい。誰かの正解ではなく、自分の家庭の正解を。完璧でなくていい。平凡でいい。逃げてもいい。生きていれば何とかなる。それが30年以上子育てをしてきたわたしの、静かで現実的な持論である。

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