【鎌倉殿の13人】を視聴して

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視聴環境について

Netflixで観られる配信は、大河ドラマまで広がっています。1話は45分で、CMも入りません。NHKの番組は、普段あまり観ないのですが、わたしはNHKが好きではないので、こうして自分の好きな画面で観られるのは、有難いことです。小さな画面ですが、自分の都合で、ワンクリックで止められます。観たいときに観て、止めたいときに止められる自由は、とても心地よいものです。続きを観たくなったら、またクリックするだけです。家事の合間や、夜の静かな時間に、少しずつ観進められることは、毎日を忙しく過ごす身には、何よりの贅沢です。

老眼は痛いのですが、わたしは、超がつくほどの近視乱視で、近いところが得意です。ちなみに、これは、恒星のアンタレスが月とタイトな合になっていることが、関係していると考えています。小さな画面でも苦にならないのは、そのおかげかもしれません。

鎌倉殿の13人とは

鎌倉殿の13人は、2022年のNHK大河ドラマで、脚本は三谷幸喜さんです。全48回で、主人公は北条義時です。

タイトルにある13人とは、初代将軍の源頼朝の死後に発足した、十三人の合議制を構成した、有力な御家人たちのことです。2代将軍の頼家がまだ18歳と若く、独断的な政務が、御家人の反発を招いたため、1199年に、13人の合議で政務を進める体制が作られました。北条時政、義時の親子をはじめ、武勇の御家人から、京から下った文官まで、多彩な顔ぶれです。ただし、この合議制は、1年ほどで事実上崩れ、そこから北条氏による執権政治へと移っていきます。

わたしは、全48回を、まだ途中までしか観ていません。それでも、人物の描き方の面白さに、すっかり引き込まれています。一話ごとに、誰かの運命が動き、誰かの人生が変わっていく。その緊張感が、毎回、わたしを画面の前に引き戻します。

北条義時という人物

北条義時は、鎌倉幕府の2代執権で、1163年に生まれ、1224年に亡くなりました。頼朝の死後、北条氏が幕府の実権を握っていく中で、中心的な役割を果たした人物です。

歴史の教科書では、権力を握った冷たい人物として語られることもあります。ですが、このドラマでは、争いを好まない、素朴な青年が、時代の波に押し流されるようにして、権力の中心に押し上げられていく姿が、描かれています。望んだわけではない役割を、引き受けざるを得なかった人物として、義時を見つめ直す。その視点が、物語を深くしています。

三谷幸喜さんの脚本

三谷幸喜さんの脚本の魅力は、笑いと悲劇が、ひとつの場面の中に、同居していることです。軽妙な会話で笑わせておきながら、次の瞬間には、取り返しのつかない出来事が起きる。その落差が、歴史の重さを、かえって深く感じさせます。

歴史上の人物は、教科書の中では、年表の一行に収まってしまいます。ですが、その一人ひとりにも、笑う日があり、迷う日があり、眠れない夜があったはずです。ドラマは、その人間らしさを、生き生きと描いています。史実を知っていても、知らなくても、人物の感情に、自然と引き込まれていきます。

小栗旬さんの重厚な演技

主演の小栗旬さんは、山羊座です。山羊座とは思えないほど、面白い演技をされます。北条義時の若年期の、どこか天然な姿を、様々な経験を重ねた、重厚な芝居で表現していることに、感動しました。

やはり、小栗旬さんは、重く暗い演技が、最高にうまい方です。若い頃の素朴さが、物語が進むにつれて、少しずつ陰を帯びていく。その変化が、無理なく、自然に積み重なっています。山羊座は、時間をかけて、重みを増していく星座です。山羊座を支配する土星は、責任と試練の星でもあります。若い頃は、気楽に生きていた青年が、背負うものが増えるたびに、表情を変え、言葉の重みを変えていく。そのさまは、土星の星座を持つ人が、人生を通じて歩む道筋と、よく似ています。義時という人物の変化を、時間の流れの中で、じっくりと演じ切る力は、山羊座らしさでもあるのかもしれません。長い物語の最後まで、役の重みを積み重ねていける持久力も、山羊座の強みです。

大泉洋さんと小池栄子さん

大泉洋さんの演技も、とても良かったです。真田丸以来の大河ドラマ出演かと思いますが、女たらしでありながら、カリスマ性のある源頼朝を演じる姿は、見事でした。大泉洋さんは、牡羊座です。源氏の再興を目指して立ち上がった頼朝に、牡羊座の突破力は、よく似合っています。

牡羊座は、12星座の最初のサインです。誰も歩いたことのない道を、最初に踏み出す力を持っています。伊豆に流された罪人の身から、一代で、武家政権を築き上げた頼朝の歩みは、まさに、最初のサインの生き方そのものです。カリスマ性があるのに、どこか憎めない。大泉洋さんの持ち味と、頼朝という人物の複雑さが、見事に重なっていました。

小池栄子さんも、全編を通じて、重要な頼朝の妻の北条政子を、ぴったりと演じていました。わたしの中にあった、北条政子という傑女のイメージが、変わりました。強さだけではなく、母としての悲しみや、女としての迷いまでが、丁寧に描かれていたからです。

史実の北条政子は、頼朝の死後に出家し、のちに尼将軍と呼ばれた女性です。蠍座は、深い情と、深い喪失を経験し、そこから再生していくサインです。夫を亡くし、子を失い、それでも、鎌倉を守り続けた政子の生き方は、蠍座の物語として、読むことができます。小池栄子さんの蠍座が、その深さを、静かに、そして力強く支えているように感じました。

太陽星座が示す配役の妙

演技を観ているうちに、重要人物を演じる俳優の太陽星座が、あまりにも、役との関連が深いことに気づき、そちらにも興味がそそられました。

まず、義時の父、北条時政を演じた坂東彌十郎さんは、牡牛座です。討ち死にした兄の北条宗時を演じた片岡愛之助さんは、魚座です。牡牛座と魚座は、サイン同士がセクスタイルの関係にあり、調和的です。伊豆の豪族だった北条家が、やがて征夷大将軍の政務官という地位を築いていく、その初期の働きを演じるのに、ぴったりの組み合わせです。

牡牛座は、土地や財産を、堅実に守り育てるサインです。伊豆の小さな豪族が、土地に根を張り、少しずつ力を蓄えていく姿は、牡牛座の性質と、重なります。そこに、魚座の儚さを持つ宗時が加わることで、北条家という家の、強さと脆さの両方が、描かれているように感じます。

そして、北条政子を演じた小池栄子さんは、蠍座です。父の時政を演じた坂東彌十郎さんの牡牛座とは、サインがオポジションの関係にあります。同じ家の父と娘が、真正面から向かい合う立場に立つ。オポジションは、お互いを映す鏡のような関係です。似ているからこそ、ぶつかる。物語の中で、親子が、やがて政治的に対立していく流れを思うと、出来過ぎとも言える組み合わせです。

偶然か、必然か

俳優の太陽星座が、役柄と重なるのは、偶然だと言えば、それまでです。ですが、キャスティングという仕事は、役にふさわしい空気を持つ人を、探し続ける仕事です。その人が持つ雰囲気や、立ち居振る舞いが、結果として、星の性質と、重なっているのかもしれません。

星の性質は、その人が生まれ持った気質を、象徴的に表したものといえます。役者が、役を探り当てるとき、自分の持つ気質と、役の持つ気質が、響き合う瞬間があるのでしょう。その響き合いが、観る人の心に、自然に届くのだと思います。

牡羊座に宿る再興の力

頼朝の兄弟を演じた俳優陣も、興味深いものでした。源義経を演じた菅田将暉さんは魚座ですが、源範頼役の迫田孝也さん、義円役の成河さんも牡羊座です。

没落した名家を立て直すという役どころには、牡羊座が、よく似合います。牡羊座は、ゼロから切り拓くことを得意とするサインです。源氏の血筋を再興するために、立ち上がる人々を演じるには、これ以上ない星座なのかもしれません。大泉洋さんも牡羊座ですから、源氏の再興を担う人々が、牡羊座に集まっているとも言えます。

魚座に宿る儚さ

源義経を演じた菅田将暉さんと、北条宗時を演じた片岡愛之助さんは、ともに魚座です。魚座は、夢と犠牲、そして儚さを象徴するサインです。

義経は、平家を滅ぼした最大の功労者でありながら、兄の頼朝に疎まれ、若くして命を落としました。天才的な才能を持ちながら、政治の世界では、あまりに無防備で純粋だった義経の姿は、魚座の持つ儚さと、重なります。宗時もまた、志半ばで討ち死にした人物です。魚座の俳優が、志半ばで消えていく人物を演じるという配役にも、不思議な符合を感じます。

序盤に登場した俳優たち

序盤に登場した佐藤浩市さんは、射手座です。上総広常という、坂東の有力な武士を、豪快に演じていました。北条時政の後妻、牧の方を演じた宮沢りえさんは、牡羊座です。最近の宮沢りえさんの作品には、外れがありません。りくという、野心と愛情を併せ持つ女性を、牡羊座らしい、真っ直ぐな強さで演じていました。

亡くなった西田敏行さんが演じた後白河法皇は、さすがの演技でした。西田敏行さんは蠍座で、権力と茶目っ気を併せ持つ、老獪な法皇を、見事に演じていました。蠍座は、人の心の奥を見抜き、静かに権力の核を握るサインです。小池栄子さんの北条政子も蠍座ですから、京と鎌倉で、権力の核を担う二つの役を、蠍座の俳優が演じていることになります。一方、佐藤浩市さんは、射手座です。射手座は、自由を愛し、堂々とした存在感を持つサインです。上総広常という坂東の荒々しい武士と、京の老獪な法皇という、対照的な二つの役を、射手座と蠍座の二人が演じていることに、星の面白さを感じます。丹後局を演じた鈴木京香さんも、相変わらずの美しさでした。後白河法皇の寵姫として、京の政治に権勢をふるった女性を、品格を保ちながら演じていました。鈴木京香さんは、双子座です。言葉を巧みに操り、場を動かす丹後局には、双子座の知性と社交性が、よく似合っていました。

そして、最近、おめでたいニュースが報じられた新垣結衣さんが、八重を演じていました。心より、お祝い申し上げます。美しい方ですが、演技の面では、わたしには、いささか物足りなさも感じました。ただ、優しくて温かな役柄は、とても合っていました。八重という、義時の初恋の人にふさわしい、柔らかさがありました。新垣結衣さんは、双子座です。双子座は、軽やかで、人に親しまれるサインです。誰からも愛される、明るく優しい八重の人物像に、双子座の親しみやすさが、よく似合っていました。

比企一族を演じた三人

比企一族を演じた三人にも、星の面白さが詰まっています。

比企能員を演じた佐藤二朗さんは、牡牛座です。北条時政を演じた坂東彌十郎さんも牡牛座ですから、同じ牡牛座の二人が、北条と比企という、並び立つ二つの家の長を演じていることになります。牡牛座は、土地と財を守り、一度手にしたものを簡単には譲らないサインです。同じ性質を持つ二つの家が向かい合う姿に、牡牛座同士の存在感の強さを感じます。

能員の妻、道を演じた堀内敬子さんは、双子座です。わたしは、堀内敬子さんの個人的なファンです。劇団四季の出身で、ミュージカルの舞台で長く活躍してきた方ですが、今回が大河ドラマは、強い母親という印象を意識して演じたと語っていた道は、一族を支える、しなやかな強さを持つ女性でした。双子座は、言葉と表情で、人の心を動かすサインです。舞台で培った表現力が、双子座の軽やかさと、よく響き合っていました。

そして、頼朝の乳母である比企尼を演じた草笛光子さんは、天秤座です。松竹歌劇団から映画、舞台、テレビまで、長く第一線で活躍してきた女優で、頼朝を幼い頃から支えた比企尼に、揺るぎない品格を与えていました。天秤座は、均衡と美意識を大切にするサインです。双子座の堀内敬子さんとは、ともに風のサインで、トラインの関係にあります。比企の女性たちが、互いを支え合う調和した関係に見えるのも、星の巡り合わせかもしれません。

牡牛座の能員と、天秤座の比企尼は、どちらも金星がルーラーのサインです。財を守る堅実さと、美しさを大切にする感性。その両方を備えた一族として、比企家は描かれているように感じます。

女性たちの描かれ方

このドラマでは、女性たちも、生き生きと描かれています。北条政子、八重、牧の方、丹後局。それぞれが、時代の制約の中で、自分の意志を貫こうとしています。その姿は、現代を生きるわたしたちにも、勇気を与えてくれます。

当時の女性は、自分の結婚を、自分で決められませんでした。家の都合で嫁ぎ、夫の死後は、家のために生きる。ですが、その枠の中でも、知恵と意志で、政治を動かした女性たちがいました。ドラマが描いているのは、弱い立場に置かれながらも、決して受け身ではなかった、女性たちの姿です。

星の目で観る楽しみ

わたしは、占星術師ですので、どうしても、星の目で、ドラマを観てしまいます。俳優の太陽星座を調べて、役柄との重なりを探す。そんな楽しみ方は、ドラマの面白さを、もう一段、深くしてくれます。

もちろん、星の性質は、あくまで傾向にすぎません。ですが、物語の登場人物と、演じる俳優の星が響き合うと、作品の世界が、ぐっと立体的に感じられます。ドラマを楽しみながら、星の知識も深まる。一石二鳥の楽しみ方です。

歴史ドラマを観るということ

歴史ドラマを観る楽しみは、過去の人々の選択を、現在の目で眺められることにあります。結末を知っていても、人物の迷いや葛藤を追いながら観ると、史実とは違う景色が見えてきます。

鎌倉時代は、日本で初めて、武家が政治の中心に立った、画期的な時代です。それまでの貴族中心の世が、武士の世へと移り変わる、大きな転換期でした。その転換を、権力者の栄光だけではなく、そこで生きた人々の痛みと共に描いていることが、このドラマの大きな魅力だと、あらためて感じます。

鎌倉という土地

全48回は、まだ途中ですが、鎌倉という土地は、何とも怖ろしい場所だと感じます。

今は、観光地になっていますが、わたしは、1度だけ行ったことがあります。その1度の記憶が、今も、強く心の中に残っています。所々に、何となく、暗い場所がありました。明るい日差しの中にあっても、ふとした場所で、空気が重くなる感覚がありました。山に囲まれ、日が当たりにくい谷が多いことも、関係しているのかもしれません。ですが、それだけでは説明できない、土地そのものの記憶のようなものを、感じました。

一方で、鶴岡八幡宮の広大さには、驚きました。鎌倉幕府にふさわしい信仰の場だと、納得させられる規模です。入ってすぐ右にある、源平池だったでしょうか。ここの水のエネルギーは、凄まじいものでした。光の柱が、静かに収まっているように感じました。水は、記憶を溜める性質を持ちます。多くの歴史を見つめてきた池の水が、その記憶を湛えているように思えました。

源平池の伝承

鶴岡八幡宮の境内には、源氏池と平家池という、二つの池があります。源氏池には島が三つ、平家池には島が四つあり、三は産、四は死に通じるとされ、源氏の繁栄と、平家の滅亡を表すと伝えられています。

真偽は分かりませんが、そうした言い伝えが、今も残っていること自体が、この土地の、勝者と敗者の記憶の深さを物語っています。池の水面は、今日も静かに、広い空を映しています。水に、記憶が溜まるという感覚を、あらためて覚えます。

天然の要害という顔

鎌倉は、三方を山に囲まれ、一方が海に開かれた土地です。山を越えるには、切通しと呼ばれる、岩を削って造られた狭い道を通ります。外敵を防ぐ、天然の要害でありながら、海を通じて、人や物が行き交う、港のような場所でもありました。

守りやすく、開かれている。この二つの性質が、同時に成り立つ土地は、多くありません。だからこそ、頼朝は、この地を選んだのでしょう。同時に、その地形は、内部の権力争いを、外へ逃がさず、閉じた場所の中で、激しく燃やすことにもなったのではないかと、感じます。

鎌倉を歩いたときの記憶

わたしが、鎌倉を訪れたのは、1度きりです。若宮大路を歩き、鶴岡八幡宮の参道を進むと、都会の喧騒が、少しずつ遠のいていく感覚がありました。

広々とした境内に立つと、ここが、かつて武家政権の祈りの中心だったことが、自然に伝わってきます。その一方で、少し脇道に入ると、日が当たらない、湿った空気の場所もありました。明るさと暗さが、すぐ隣り合っている。その対比が、鎌倉という土地の特徴なのだと、肌で感じました。

鎌倉の印象

鎌倉という土地は、華やかです。海風が吹き、街並みも美しく、訪れる人を、明るい気持ちにさせてくれます。ですが、その華やかさの奥に、土地から、血の匂いがするような、生臭さを感じます。

都会的な雰囲気は、京の雅な雰囲気にも通じる洗練があります。丘も多く、物価も、それなりにします。観光地としての人気が高く、暮らしの値段も、東京に近い場所らしい水準にあります。華やかさには、それなりの代償が伴うということも、この土地の特徴です。山と海があり、山には切通しが通じ、海は開かれています。人も物も、出入りができる、好条件の土地です。

だからこそ、血しぶきが吹いたのだろうと思います。出入りしやすい土地には、人も、富も、権力も集まります。集まれば、奪い合いが生まれます。奪い合いは、やがて、身内同士の争いにまで及びます。鎌倉の歴史は、外敵との戦いよりも、身内同士の粛清の歴史として、語られることが多いのです。条件に恵まれた土地は、それゆえに、争いの舞台にもなってしまうのでしょう。美しさと危うさは、いつも隣り合わせにあります。

京と鎌倉

京は、千年の都として、雅な文化を育んだ場所です。鎌倉は、その京から遠く離れた東国に、武士の政治を打ち立てた場所です。雅と質実という、二つの対照的な世界が、同じ時代に並び立っていました。

ドラマでも、京の貴族たちの老獪な駆け引きと、坂東武士たちの荒々しい直情が、鮮やかに対比されています。後白河法皇や丹後局の、言葉で人を動かす世界と、義時や時政たちの、刃で決める世界。その二つがぶつかり合うところに、時代の転換が生まれています。

安土桃山時代が好きなわたしと、鎌倉

わたしは、どちらかというと、安土桃山時代が好きで、鎌倉幕府には、あまり興味がありませんでした。

鎌倉幕府の成立は、1192年とも、1185年とも言われています。諸説ありますが、織田信長が活躍した桶狭間の合戦の、およそ370年前です。その頃に力を持っていた千葉氏や武田氏が、戦国の時代には衰えていたことを思うと、栄枯盛衰の繋がりが見えて、面白く感じました。名家と呼ばれた家も、時代の流れの中では、永遠ではありません。家の盛衰を、数百年という長い時間で眺めると、人の営みの儚さと強さの両方が、見えてきます。

因果応報という流れ

鎌倉幕府を開いた頼朝は、同じ清和源氏の木曽義仲を滅ぼしました。そして、その幕府は、同じ清和源氏の流れをくむ、新田義貞と足利尊氏によって、滅びます。これこそ、因果応報だと思います。

政を続けるためには、時に、親子や兄弟を殺します。血の繋がりがあっても、幼い甥を殺して、根を絶やさなければなりませんでした。血で争えば、血で返されます。これは、特定の誰かへの断罪ではなく、歴史が繰り返し示してきた、静かな法則のようなものです。どんな時も、人を殺めるという行為は、報いを受けるのです。

ですが、どの国も、戦争でたくさんの同族を失いながら、平和を築いてきました。地球は丸く、同じ星に生まれてきた者同士が、領地を奪い合うなら、話し合い、駆け引きして、落としどころを探り合うことのほうが、はるかに、命への厳正で、神聖な営みだと思います。

争いを避ける知恵

鎌倉の歴史は、悲しい争いの連鎖の歴史でもあります。親が子を、兄が弟を、そして家臣が主君を、争いの中で失っていきました。

その歴史を振り返ると、争いを避ける知恵が、どれほど大切かが分かります。話し合い、譲り合い、落としどころを探る。それは、弱さではなく、命を守るための、最も強い知恵です。血で争わない道を選べる今の時代は、鎌倉の人々が、望んでも手に入れられなかった時代なのだと思います。

良い時代に生きて

それでも、忘れてはいけないことがあります。ほんの800年余り前まで、戦争が頻繁に起きて、幼い子どもや女性たちが、たくさん犠牲になってきたということです。

今の時代は、女性としての地位を確立しています。何かを選ぶとき、自分の意志で選べること。それは、当たり前のようで、とても尊いことです。嫌いな男と結婚しなくても済みますし、男たちの勝手で、我が子が殺されることも、ありません。とても、良い時代です。

鎌倉殿の13人は、血の歴史を、笑いと悲しみの中で描きながら、今の平和の尊さを、あらためて教えてくれる作品でした。

歴史を学ぶことは、過去の人々を裁くことではありません。その時代に生きた人々が、何を恐れ、何を守ろうとしたのかを、理解することです。理解することで、わたしたちは、今の時代の選択を、より慎重に、より優しく、下せるようになります。残りの回も、星の動きを思い浮かべながら、じっくりと観ていきたいと思います。義時が、物語の最後に、どのような表情を見せるのか。そして、鎌倉という土地が、その物語を、どのように映すのか。残りの回を、心待ちにしております。

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