レッスン、占星術の思いを書いています。一読を是非に。https://maasauranaishi0706.com/kouza/ もうすぐ締め切りです。迷っている方はご連絡くださいね。
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繰り返される日常と、かつての「怒れるわたし」
今日もお弁当作りから始まったわたしの1日。 色とりどりの食材を詰め込み、家族を送り出す。毎日の家事と労働は、果てしない連続です。正直に申し上げれば、ふとした瞬間に「あぁ、もう嫌だ」と心が萎えることもあります。でも、以前のわたしなら、この「萎える」気持ちをそのまま「怒り」として周囲にぶちまけていました。口を開けば文句ばかり。心の中には「なぜ自分だけがこんな思いを」という問いが渦巻き、いつも眉間に皺を寄せ、怒ったような顔をして過ごしていました。周囲の人々を憎み、何より自分自身のことさえも嫌いでした。人生がうまくいかないのも、誰にも理解してもらえないのも、すべては環境のせい、他人のせい。そんな「他責」の塊だった時代が、わたしにもあったのです。
占星術との出会い・虚無の中に見つけた光
占星術に出会った当時の状況は、まさに人生のどん底でした。 高齢出産を経て、身体はボロボロ。原因不明の痛みが全身を駆け巡り、以前のように夫の仕事現場に同行することさえ叶わなくなっていました。椅子に座って足を組むことすらできない。常に付きまとう身体的な不快感。その不快感を抱えたまま、義務感だけで末娘の世話をし、同居する姑には無表情を貫き、夫には「お前がわたしをこんな身体にしたんだ」と冷たい言葉を投げつける日々。唯一の救いは、蠍座の娘の宿題を手伝ったり、学校行事に参加して気を紛らわせることだけでした。そんな、生きているのか死んでいるのかも分からない虚無感の中にいた時、ふと「月星座」や「太陽星座」という、それまで聞き流していた単語が目に飛び込んできました。
「なぜ、わたしはこんなに虚無なんだろう」
その問いを抱えて調べた占星術の結果は、衝撃的でした。 「蟹座の太陽」に「射手座の月」、そして「金星は双子座」。 それらが何を意味するのか、最初は全く分かりませんでした。でも、分からないからこそ知りたかった。毎日、ノートに自分の星を、感情を、書き綴りました。飽きるまで、指が動かなくなるまで書き続けました。そうして自分を客観的に見つめた時、ふと気づいたのです。 「あぁ、こんな星の配置を持っているわたしなら、今のこの不自由な状況は、それは苦しいに決まっているよね」と。家の中でじっとしていることが苦手で、外の世界に飛び出したい性質(射手座の月の不安や双子座の金星価値観)を持ちながら、身体が動かず、育児という閉鎖的な環境に身を置くことの苦痛。自分の性質と現状のギャップを理解した瞬間、初めて自分を「可哀想な、愛すべき存在」として受け入れられた気がしました。
きっかけは、ただただ辛かったから。 貪るように星の中に「理由」を探した結果、ようやく暗闇の中に光が射す方向が見えてきたのです。
心理占星術の限界と「フィルター」の危うさ
昨今、心理占星術をきっかけに星を学ぶ人が急増しています。それ自体を否定するつもりはありません。占星術が入り口となって救われる心があるのは事実ですから。しかし、わたしはあえて言いたいのです。 「心理占星術という場所に居続けても、根本的な解決はしない」と。自分の心に折り合いをつけ、納得するには膨大な時間がかかります。そして、そこで語られる「論」の多くは、読み手の主観というフィルターを通した、単なる自己満足に過ぎないことが多いのです。
星には本来、善も悪もありません。 冥王星、海王星、天王星。これらの天体は、私たちの現実世界において「経験」を与えているに過ぎないのです。よく「冥王星は破壊と再生だから恐ろしい」と言われますが、もし冥王星が本気で恐ろしいだけの天体なら、あなたは今ここには存在していません。 「海王星は中毒や混乱」と言いますが、本当にそうなら、海王星が効いている人は全員廃人となり、社会的に抹殺されているはずです。 「天王星は刷新」と言いますが、毎回そんなことが起きていたら、人間は常に電気ショックを受けているような状態になってしまいます。
星が瞬間に示すものは、ある種の「偶然」であり、宇宙の配置です。 世の中で起きる痛ましい事故や事件は、時間が与える「一瞬の隙」に過ぎません。それに対して過剰な心理的意味付けをしたり、恐怖を煽ったりするのは、占星術の正しい扱い方ではないとわたしは考えます。
喜ばしいことはすぐに忘れ去られ、一方でテレビのネガティブなニュースやネットのフェイク情報には洗脳されていく現代。一度刻まれた「思い込み」は、わたしたちの思考を支配しようとします。だからこそ、占星術を技術として提供し、対価をいただくプロの人間は、細心の注意を払わなければなりません。
安易な心理占星術は、目の前のクライアントに「根拠のない恐怖」を植え付けかねないのです。
占星術師の矜持・自分を投影しないこと
人間は誰しも、先が見えないことを恐れます。だからこそ情報を集め過ぎ、溺れてしまう。 占星術を扱うわたしたちが守るべき鉄則は、「事実のみを冷静に、決して自分のフィルターに通して占断してはいけない」ということです。もし、クライアントの両親がいわゆる「毒親」であったとしても、クライアント自身がそこから愛を受け取ったと感じているなら、共にその愛を噛み締める。 自分がいくら幸せな状況にいても、クライアントが苦しみの淵にいるなら、私情を捨てて一緒に脱出の道を探る。どんな相手であっても、自分自身の経験や価値観を投影してはなりません。これはプロとして最低限の倫理です。
投影が生む攻撃性・ネット社会の愚かさ
昨日、Threads(スレッズ)である不愉快な出来事がありました。 冥王星に関する投稿に対して、わたしが「(その解釈は)関係ない」といった趣旨のコメントをしたところ、その相手は直接返信することなく、わざわざ自分自身のページに新しい「板(投稿)」を立てて、当てこすりのような発信をしてきたのです。
他者からのコメントを拒絶したいのであれば、最初からブロックをするか、鍵付きアカウントにすればいい。発信をするということは、常に批判や異なる意見に晒されるリスクを引き受けるということです。なぜ、その人はわたしに対してそのような行動をとったのか。 それは、自分自身の「無知」と「愚かさ」を理解しておらず、自分の内側にある「弱さ」をわたしに投影したからです。
これこそが、心理占星術にのめり込み、自己反省を忘れた人々が陥りやすい罠です。「自分の心」を重視しすぎるあまり、客観的な事実や他者の視点を受け入れられなくなり、自分を守るために他者を攻撃する。人の心は複雑です。様々です。 だからこそ、あやふやな「心理」に逃げるのではなく、星の配置という「冷徹な事実」から、今が不安なのか、あるいは喜ばしい時期なのかを予測する。占星術は、人生の「大難を小難に、小難を無難にする」ための素晴らしいツールです。それを正しく使うためには、まず自分自身を整え、自分を好きになり、その上で他者との境界線を明確に引く必要があります。
星を眺める楽しみを忘れない
今日もお弁当を作り終え、わたしは静かに星を見上げます。 かつて身体の痛みと虚無感に泣いていたわたしは、もういません。自分の星の配置を受け入れ、自分の不器用さを笑えるようになった時、世界は驚くほど優しくなりました。
占星術は、誰かを攻撃するための武器ではありません。自分を縛り付ける鎖でもありません。 ただそこにある事実を認め、淡々と自分の人生を歩んでいくための地図なのです。
心理の迷宮に迷い込む前に、まずは自分のホロスコープという「設計図」を、フィルターなしで見つめてみてください。そこには、あなただけの「光の射す方向」が必ず示されているはずです。
そして、ぶっちゃけ、だから稼げないんだよと一言申し添えます。稼ぎたいなら、心理を追求してはいけない。労働をしましょう。


